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 小学4年生の頃でしょうか。学年末の通信簿(今でいう通知表)の性格欄に「傍若無人」という記載がありました。

 

 担任の先生は、旧制台北高校を敗戦で中退し、小学校で教鞭を執っていた熱血教師です。

 

 小学生の私には、通信簿を開いてみても、読み方も知らないし、その意味は全く分かりませんでした。何か「誉め言葉」が書かれているぐらいの理解だったのでしょう。

 

 家に帰り、姉に見せたところ、あまり誉め言葉ではなく「態度が大きい」「勝手な行動をする」という意味だと教えられました。

 

 難しい言葉を知っている先生だと、担任の先生が誉められたような記憶があります。

 

 この年になって、担任の先生は私の特徴・性格をよく見抜いていたと感心すると共に、感謝しています。

 

 少し大げさな表現をすれば、日本経済も、世界の経済も見通しのつかない時代を迎えています。

 

 囲りをキョロキョロ見回してみても、囲りの「空気を読んで」みても、先が見えるわけではないでしょう。

 

 「傍らに人無きが若く」、自分の信じる道を進むことこそが、今時代が求めていることではないでしょうか。

 

 今、「ネット不動産フロンティアノート」を書き進めています。

 

 不動産仲介業は、世の中にはなくてはならない仕事であるにもかかわらず、世間一般からは誤解され易く、信頼を得ているとは言えません。

 

 売買や賃貸の物件の絶対量が少なく、物件さえ確保すれば、買い手や借り手は次々に現れた時代の「悪しき慣習」が業界に対する「不信感」の最大の原因になったのでしょう。

 

 ネット不動産は、ホームページとメールを最大限活用することで、仲介業者とお客さまの関係を透明で公正なもの、信頼関係にすることができそうだと分かってきました。

 

 ネットを通して、より多くの、より良質の物件情報を発信し、お客さまの住宅取得のお手伝いを誠心誠意することで、業界に対する不信感も一掃できそうだということも見えてきました。

 

 60年も前に先生から頂いた「傍若無人」という言葉を誉め言葉、応援歌と勝手に解釈して、不動産仲介業の世界に「新風」を吹き込むべく、もう一踏ん張りする覚悟です。

 

 4月に入り、桜が咲いた頃に、このコラムを手みやげに、相馬に住む恩師を30年ぶりにお訪ねしようかと考えています。
 

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昨日の福島民報新聞に霊山の紅葉が見ごろを迎えたとの記事が載っていました。
 
私は高校を卒業するまで相馬市に住んでいたので、紅葉シーズンには霊山に何回か登ったことがあります。
 
最初に登ったのは小学5年の秋でした。仙台から姉の婚約者が来て、相馬の我が家の家族4人と合流し、バスで霊山のふもとの行合道まで行き、そこから約1時間かけて登った記憶があります。
 
切り立つ岩や奇岩の間を抜ける登山道からの景色は、私にとっては初めての体験であり、世の中には、変わった山があるものだという印象が残っています。
 
途中、たしか「物見岩」とかいった登山道から少し外れた場所で昼食のオニギリを食べました。
 
慣れない山道を登り、昼食をいっぱい食べたせいか、急に便意を催し、岩陰でコッソリと用をすませたつもりでした。
 
オニギリを包んでいた新聞紙で後始末をしたのですが、その新聞紙が、谷底から吹き上げる上昇気流に乗って空高く舞い上がっていきました。
 
岩陰でコッソリのつもりが、霊山の秋晴れの空に舞い上がり、みんなにバレてしまったわけです。
 
小学5年生の「運」を付けた新聞紙は上昇を続け、南東の空のかなたに飛び去ったのをはっきりと憶えています。
 
母親をはじめ、一緒にいた家族から、「雄ちゃん」は運が強い、将来「大物」になるかもしれないぞ……などと褒められ(?)て、悪い気がしなかったような気がします。
 
その時一緒に霊山に登った「義兄」も含めて、母親や兄弟達から、その時の話をよくされました。
 
「大物」とは縁遠い人生ですが、家族や友人にも恵まれ、幸運にも恵まれた人生を送っています。
 
人を褒めるとか、良い点を強調するとかは、その人の人生に何らかの良い影響を与えるのかも知れません。
 
わが社のスタッフをはじめ、囲りの人の長所を認め、褒めるように心がけたいと念じています。
 このコラムでも受験秀才や学校秀才といわれた人が、実際の仕事や現実社会ではあまり役に立たない、はっきりいえば「使いものにならない」ケースが少なくないことを何度か取り上げました。
 
 今回はその原因について、改めて考えてみました。
 
受験勉強や学校レベルの勉強の最大の特徴・弱点は記憶・暗記中心になりがちで、理解力や判断力といった人間が社会生活を営む上で最も大切な能力を鍛える場になっていないことではないでしょうか。
 
 今、話題の「かんぽの宿」の売却価格についての前総務大臣の発言や行動を通して、そんな感じを改めて強く持ちました。
 
 売却(予定)価格が、高いのか、安いのか、妥当なのかは、機会があれば改めて論ずるとして今回はふれません。感じとしていえば、ほぼ妥当なものではないかと思えます。
 
 問題は、前大臣の「かんぽの宿」問題の取り上げ方であり、その後の対応のしかたです。
 
たしかに、2,400億円の費用をかけて作ったリゾート施設を、たったの109億円で一括売却しようという話ですから、一見すれば「不当に安い」と見えるでしょう。国民感情がそう受けとめるのはやむを得ない面もあるでしょう。
 
しかし、年間に50億円強の欠損を出す施設であることも、又、事実のようです。
 
日本郵政側は当然、多額の費用をかけて鑑定評価をしているはずです。この評価書を全面に公開すれば短期間で解決する程度の問題にすぎません。
 
鑑定評価額は妥当なものか否か、公正・適正な評価が実施されたのか否か、それほど手間ヒマかけずに判明することです。
 
さらに公開された、オープンマーケットで売却手続を進めれば、何ら問題にすべきことはないはずです。
 
前大臣の対応はこれらの一連の問題について首をかしげざるを得ない対応に見えました。
 
「国民の財産を掠め取られた」とか「正義にかかわる問題」だ……の一連の発言は、大人の、しかも政治の世界に永くいた人の言葉としてはあまりにも拙劣です。
 
しかも、西川社長の後任人事をめぐって、麻生総理から受け取った「私信」を公開するなど、大人としての「常識」や最低限のマナーも心得ていないことまで白日の下にさらしました。
 
聞くところによれば、天下の東京大学法学部を首席でご卒業されたそうです。
 
学校秀才のお手本、試験勉強のトップランナーといっていい人のようです。
 
片や「時の人」麻生総理は、前大臣の学習院初等科、中等科の大先輩にあたるようです。
 
前大臣の方は、初等科・中等科を通して「秀才の誉れ」高く、教育大附属高校に進学したそうです。
 
麻生総理の方は「秀才」でない側の「代表」であったようで、学習院の関係者のあいだでは有名な話のようです。
 
問題は、学校の勉強が良く出来たか否かではなく、世の中に出てから、現実社会からどれだけ学んだかではないでしょうか。
 
世の中で、仕事の世界で必要とされる能力は、学力だけではなく、気力・体力・胆力・金力・判断力・先見力・指導力といった総合的な力です。
 
遅ればせながら、自分も、学力・体力向上は所詮無理なので、せめて気力・胆力・判断力・先見力の維持・強化に努めたいと心しております。
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プロフィール
HN:
高橋雄三
性別:
男性
職業:
不動産鑑定士
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