忍者ブログ
不動産鑑定士 高橋雄三が本音で不動産と人生を語ります。(当ページの文章の引用・転載はご自由にどうぞ)
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6

 原発事故後5年半、多くの被災者・被害者の方から相談を受けてきました。

 

 主として、東京電力が提示した建物や宅地、農地・山林・立木の損害賠償額が実態より著しく低いので、専門家の目で見なおして欲しいとの相談です。

 

 悪名高き、日本原子力ムラの盟主である東京電力を相手に異議を申し立て、被災者の立場に徹して損害賠償額の評価・算定を行うわけですから、不動産鑑定士のなかでは、腰が引けて、依頼を受けないケースが多いようです。

 

 福島県内の不動産鑑定事務所を数カ所訪ねて相談したが、結局断られた人が、人づてに聞いて、当事務所を訪ねてくる被災者が少なくありません。

 

 大部分は、「事実を並べて道理を説く」立場に徹した鑑定評価額で、東電との直接交渉やADRの仲裁で解決しましたが、収益性の高い果樹畑や丹精込めて育てたスギやヒノキの賠償額をめぐっては、東京電力側は受け入れを渋っています。

 

 この5年余の原発事故賠償に関連した仕事の中で、小高・浪江・大熊等の被災地に住んでいた果樹園経営者や林業家とお付き合いをしてきました。

 

 いずれも70代の後半で、農家の長男という立場から、地元の農業高校を卒業し、家業を継いだ方々です。

 

 会って話をしたり、電話や手紙でヤリトリをしたりという関係が5年も続くと、今では、友人以上の親しい関係となっている人も少なくありません。

 

 できることなら、大学に進み、世の中をもっと広く知り、深く学びたかった・・・。そんな思いを胸の奥に秘め、農業や林業に精を出しながら、「青年団」活動等に励んだ「昔話」もよくします。

 

 大学に進学したからといって、世の中が広く見えるわけでもないし、深く分かるわけでもないし・・・と、私なりの解説をしたりして楽しんでいます。

 

 肝心なことは、学校レベルで学ぶことではなく、世の中に出てから、現実に目をそらすことなく、苦しくとも逃げずに現実に立ち向かう姿勢と勇気ではないでしょうか。

 

 原発事故をキッカケに知り合い、同じ目標に向かって行動を共にする多くの「同志」「戦友」を得ることができました。

 

 「同志・戦友」に共通しているのは、永年の風雪に耐え鍛えられ、立派な風貌を備えた人格者だということです。

 

 「風雪は男を磨く」というと「人生劇場」レベルのように聞こえますが、原発事故という厳しい現実、風雪よりもずっと厳しい試練が「同志・戦友」たちを磨いてくれたに違いありません。

PR

 50年余にわたり、起業・創業についてない知恵を絞り、数多くのアイデアを検討し、図上演習(シミュレーション)をくり返し、実際に3社を立ち上げ、今現在、5つのビジネスを継続しています。

 

 本業である不動産鑑定事務所を35年前に立ち上げ、周辺業務として補償コンサル業、不動産仲介業にも幅を拡げ、関連業務として「海外相続人所在不明者調査」業務も手がけています。

 

 縁あって、ISO認証取得を支援する「東北環境技術」社の立ち上げに参画し、15周年となりました。

 

 いずれも、人的資源・知的本を元手としたサービス業です。

 

 資金・資本もなく、経験も少ない、普通の人が起業・創業できるのは、元手と技術が求められる物づくり=製造業ではなく、チエと熱意とチャレンジ精神さえあれば何とかスタートできるサービス業ではないでしょうか。

 

 「すまじきものは宮仕え」という言葉があります。型にはまって自分の思い・志は胸の奥にしまい込んでひたすら上のために働くといった意味の「寄らば大樹の陰」の正反対の言葉です。

 

 幼少の頃から、母親によく聞かされた言葉です。学校教育を終えれば、サラリーマンになるのが普通の人生であった(今でも大部分はそうですが)時代に、「すまじきものは・・・」と子供の前で口に出す母親の心境・真意は、今でもよく分かりません。

 

 おそらく、自分の本当の思い・本音を、ポロリと口に出した・・・、あたりが真実でしょうか。

 

 加えて、国立大学で通信工学を学び、神奈川県内の通信機器メーカーに就職していた義兄の生活を見聞きするなかで、普通のサラリーマンにはなりたくないな・・・との思いを強くしていました。

 

 貿易商社、建設会社、業界団体と転職をしながらも、いつかは、独立して自分で会社を興したいとの思いは強くもっていました。

 

 業界団体に在職中に中小企業診断士という経営コンサルタントの入門レベルの資格を取得したのも、そんな思いの表れだったのでしょう。

 

 この資格は、外部に向かって経営のコンサルをしたというよりも、自分に対して、起業・創業のために何をすべきかを教えてくれたという意味で、大きな役割を果たした・・・と、今では思っています。

 

 サービス業で起業する・・とはいっても、実は簡単なことではありません。「何でもやります・・・、便利屋です」といった切り口で起業するケースをよく見かけますが、永続きした例は少ないようです。

 

 堅実な手法は、弁護士・会計士・税理士・司法書士・土地家屋調査士・不動産鑑定士というような資格試験に合格し、経験を積んでから独立開業するという道です。

 

 いわゆる士業(資格サービス業)は、資格を取得するまでが難関であり、この段階で断念するケースが大部分です。

 

 今は、難関を突破しても、経験を積み、修業する場を確保するのも容易ではない時代です。

 

 つねづね、サービス業の起源・原点は何なのかについて考えてきました。

 

 サービス業とは、一言でいえば、対価を支払ってくれる人に「満足」してもらうことにつきます。「お売りするのは満足感、モノではありません」(http://www10.plala.or.jp/tika-infre/manzokukan.html)というコラムを商工会議所の会報に載せたのは20年程前のことです。

 

 相手に十分に満足してもらった上で、その対価として、それなりの料金をいただくということは、決して生やさしいことではありません。

 

 まず、相手が何を求めているのか、どんな悩みや困りごとを抱えているのかを、理解することが第一歩です。

 

 その上で、その悩みや望みに応えられる対応策やサービスが求められるわけです。

 

 宗教については、本格的に勉強したこともないし、まったくの門外漢であった自分でも、ビジネスという切り口から宗教を考えさせられる機会は少なからずありました。

 

 高額な壺などを押し売りする霊感商法で名高い○○統一教会や、「財務」活動として多額の寄付を求める○○学会の布教活動等は、ビジネスの起源と関係がありそうです。

 

 関心をもつ⇒好感を抱く⇒ファンになる⇒信じこむ⇒信者・門徒となる⇒総てを捧げる・・・サービス業の原点であり、サービスのブランド化と共通点は多いようです。

 「徴兵は命かけても阻むべし母・ 祖母・おみな牢に満つるとも」、反戦の思い、覚悟を詠んだ、心に残る短歌です。

 

 そんな思いと、一見すると矛盾するようですが、「祖国のためには、命を捧げる覚悟も大切なことだと、若い時分から思っていました。

 

 八十に手が届こう年になった今でも、祖国日本のために役立つことであれば、余生を捧げたいという思いは、いささかも衰えてはいないつもりです。

 

 細川・小泉の元総理も「原発ゼロ」を実現すべく、頑張っておられます。あの元気のモト、頑張る力は、どこから湧いてくるのでしょうか。

 

 同世代の一人として、漠然とは分かっていたつもりでしたが、この夏休みに小泉氏の新著「黙って寝てはいられない」を読んで、はっきりと理解できました。

 

 「これからの若い世代、子供たちに、何かいいものを残したい」という気持ちが、非常に強いということです。

 

 原発ゼロの日本を確実に、自分の生きている時代に、目が黒いうちに実現する。そのためには「命をかけてもいい」という、細川・小泉両氏の勇気ある行動から、元気をもらいました。

 

 自分のできることとしては、専門分野である不動産評価の知識と経験を生かして、原発事故の被災者の立場に徹した、原発賠償問題に全力で取り組むことに、命をかけるつもりです。

 

 原発ゼロを目ざす、市民運動・統一戦線の強化・発展のためにも、命をかけます。

 

 祖国のよりよい未来のために、今、求められている政治の課題、市民連合・野党共闘・ネット時代の統一戦線のために、余生を捧げること・・・、やるべきことは、まだまだ山のようにあります。

 

 命がいくつあっても足りないくらいです。神さまは、もっともっと永生きして、いささかなりとも、祖国にためにつくせと命じているに違いありません。

次のページ >>
アーカイブ
ブログ内検索
プロフィール
HN:
本音雄三
性別:
男性
職業:
不動産鑑定士
自己紹介:

アクセス解析
忍者ブログ [PR]